地方棋界視察


拙僧は全国漫遊の途上、地方の将棋道場を視察し申した。
たしかにクマさん「日本将棋連盟××支部」という立派な看板が立ってはおり申した。
しかしそこで見たものは、まさに廃墟同然の人の気配が一切途絶えた部屋でござった


拙僧は「これはどうしたことか、偶然今日は休みなのではあるまいか?」
と思い、この地域の古老に話を聞き申した。すると老人は、つらい過去を思い出すように、拙僧にその一部始終を語ってくださった。以下はその内容でござる


「十年前くらいまでは、この道場は平日でも人が入りきれないほどいたんじゃよ。しかし運命のある日、東京から旅行者が来てのう、これが穴熊とかいう戦法ばっかり指して連戦連勝しよったんじゃ。この旅行者は、実力そのものは大したことはないのに、なぜ勝てるんじゃろうか?東京はみな穴熊をするんじゃろう。だったらわしらも、と思ったんじゃ。これが間違いのもとじゃった。次の日から、みな穴熊に狂うてしもうたんじゃ

そのせいで新しいお客さんはなじめなかったのじゃ。こんなこともあった。この道場で将棋大会を開いたときに親子連れの方が来たんじゃ。初めて大会に参加なさるとのことでお父さんも子供もそれはもう張り切っておった。じゃが、お父さんは居飛車穴熊にされ、優勢な将棋を時間切れ負け。子供は振り飛車穴熊に大暴れされて駒台に乗らないくらい駒を取ったのに使うことなく負け。親子はがっかりして
「私たちには場違いでしたね。」
と言われてすごすごと帰りなされた。ほんに気の毒なことをしたもんじゃ。

そんなこともあって新しいお客さんは一切来なくなった。
そうこうしておるうちに、毎日穴熊ばかりでつまらなくなったんじゃろう、常連の客も一人また一人と、くしの歯が抜け落ちるように去ってしもうた。
ちょうど同じころ、となりに囲碁の道場ができて、こちらのほうが面白いという者も出てきて、さらに将棋道場の衰退が加速してしもうた。
最後に残った二人も、来るたびに相穴熊じゃ。そしてこの二人もいつも相穴熊では面白くなくなったんじゃろう、そのうち居なくなってしもうたそうじゃ。そしてこのザマじゃ。」

老人はこう語った後、深いため息をついてこうつぶやいた。
「やっぱり穴熊の禁止しかないのかのう?」


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